徒然

大学生の”幸福な”日常のまとめ

我慢の事

ここ痛いですか?

 

医者が僕の体を押す。確かに痛いが耐えられるので痛くないですと言う。冷や汗は滝のようである。

 

1つ目の大学を辞める前の話だ。両親は学校やその類のものを休むことをほぼ許さなかった。唯一残されたのは数値が出る体温のみだった。熱が出るまでは我慢するしかなかった。市販薬を飲んで寝るのが関の山である。

 

話は多分200kBくらい書けるが2つに絞って書く。不整脈が出て要検査をした時と大学生活が終わったきっかけの話だ。

 

まず高1の時、健康診断で要検査に回されてその後の病院でも精密検査に回された。不整脈と言えどもその病状は多岐にわたり生命を脅かすものもある。まあそこまでの話ではないが運動制限がかかったりするのだ。両親は仕事の関係上外傷や精神的なものは知っているがその他はからっきしとなっている。知識はないが誰某は大丈夫だったからお前も大丈夫だ、と言うスタンスであった。大丈夫ではない。

だから要検査だからと行ってやたら病院行くのを嫌がっていた。CT1回で大騒ぎである。そんな無駄金を、昔から走っていただろう、その程度でわかるのか、などなど。もうどうしようもねえなと諦めて治療費だけもらっていた。

 

その後自分で扁桃腺が腫れた時に内科に行ったら金くらい自分で出せと言われた。血液検査をして抗生物質など処方されたので小遣い1ヶ月分が吹き飛んでるし3日後の予約もあるのだが…。自費で当たり前だ、とおっしゃる方もいるだろうしそのことも理解できる。今回の事は事前通告なしの経済制裁である。

 

次なんかやってCTでもとった日には破産するで…なんて考えもあり検査も通院もほとんどしなかったしできなかった。我慢である。

 

そして高3の春がきた。大学生活を万全で始めようとした時に熱だ。ただの風邪と親は言い、実際薬で熱は下がった。しかしリンパの腫れが引かない。いつまでたっても引かないが親は内出血で晴れただのなんだのと言って聞かない。結局そのまま引っ越し、引っ越し先で感染症(完治した)の慢性症状として40℃の熱と肝機能障害にやられた。大学生活は終わった。どう足掻いても出席数で詰みだ。ついでにメンタルが死んだ。雑に死んだがここの話もそのうちする。

 

最近の通院歴と症状は大体慢性なんとかなので今までのツケを清算している状態だ。代償期なだけマシだとは思うが。今もやばくなってから医者に行くのが癖になっている。検査費やらなんやらで時間も金も飛ぶ。そのうちビルから飛びそうである。

 

みんなも少しおかしいなと思ったら医者に行って欲しい。その後に年単位の治療をするより幾分かマシである。予防医学、大切!